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青森地方裁判所 昭和32年(ワ)136号 判決

原告 西谷ヤヱ 外五名

被告 佐々木武徳 外一名

主文

被告等は各自

原告ヤヱに対し金七万九千百六十六円

原告勉、同均、同とし子に対し各金四万九千百六十六円

原告成子に対し金十万九千百六十六円

原告ヤサに対し金二万円

および各これに対する昭和三十二年六月二十六日より支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告ヤヱ、同勉、同均、同とし子、同成子のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告ヤサと被告等との間に生じた分は被告等の連帯負担とし、その余の分はこれを三分し、その一を原告ヤヱ、同勉、同均、同とし子、同成子の負担とし、その余を被告等の連帯負担とする。

この判決は原告等勝訴の部分に限り仮りに執行することができる。

事実

原告等訴訟代理人は、「被告等は連帯して原告ヤヱに対し金十八万円、原告勉、同均、同とし子に対し各金五万円、原告成子に対し金二十五万円、原告ヤサに対し金二万円、および、各これに対する訴状送達の翌日より支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告等の負担とする」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、その請求原因として「被告武雄は雑穀販売業を営み、自家用普通貨物自動車青一-二一四四号を所有してその業務に使用しているものであり、被告武徳は、その子であつて、自動車運転免許を有し、被告武雄の被使用者として右自動車運転の業務に従事しているものであるが、被告武徳は、被告武雄の業務のため、昭和三十年八月二十日午後五時頃黒石市浅瀬石方面より青森市後潟方面に向けて右自動車を時速約二十粁で運転して青森市大字内真部字平岡金沢喜一郎方前附近路上にさしかかつたところ、同所は道路の両側に人家が建ち並んでおりかつ横小路があるため何時人が路上に出てくるかもしれず、しかも運転にかかる自動車のフツドプレーキは不完全であつて二、三回続けて操作してはじめて停車し得る状態にあつたので、かかる場合には、自動車運転者たる者は極力減速除行し、警音器を吹鳴する等危険を未然に防止すべき業務上の注意義務があるにかかわらず、これを怠つて右の如き措置を講じないまま漫然時速二十粁で運転を継続したため、偶々訴外西谷松衛がその長女である原告成子(昭和二十七年一月十日生)を乗せて自転車を運転し、右金沢宅横小路より自動車の進路上に出てきたのを前方約十米の地点に発見し、あわてて急停車の措置を講じたが及ばず、自動車の前部バンバーを右自転車に衝突させて自転車もろともに右松衛および原告成子を路上に転倒させ、さらに右松衛の胸部を自動車の前車輪で轢いて右側胸部肋骨複雑骨折、肋膜および肺臓破裂等の傷害を負わせ、よつて同日午後六時同人をして窒息死亡するに至らしめ、原告成子に対しては右転倒により加療約三箇月を要する右足関節前面部挫創等の傷害を負わせた。かような次第で、被告武徳は業務上過失致死および業務上過失傷害による不法行為につきその責に任ずべき義務があり、被告武雄は被告武徳の使用者として右不法行為につきその責に任ずべき義務がある。

亡松衛は死亡当時漁業に従業して一箇月金一万五千円以上の収入を得ていたものであるところ、同人は大正八年五月十二日生で死亡当時三十六歳の健康体であつたので、厚生省発表の日本人平均余命表によればその余命は三十二年余となり、同期間死亡当時の業務に従事することができた筈であるから、松衛は三十二年間生存したならば得たであろう収入金五百七十六万円を喪失し、同額の損害を蒙つたことになるが、この損害の賠償を一時に請求するので、ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して算出するとその損害額は金二百二十一万五千三百八十四円となる。

ところで、原告ヤヱ(大正十一年五月二十四日生)は亡松衛の妻、同勉(昭和二十二年十二月二日生)はその四男、同均(昭和二十四年十一月二十三日生)はその五男、同成子は前述のとおりその長女、同とし子(昭和二十九年十一月二十四日生)はその二女、同ヤサ(明治三十四年二月十九日生)はその母であつて、原告ヤヱ、同勉、同均、同成子、同とし子は、松衛の死亡により、一方において同人の右損害賠償請求権を相続し、他方において精神上の苦痛を蒙り、原告ヤサは松衛の死亡により精神上の苦痛を蒙つた。右のほか、原告ヤヱは亡松衛の葬式費用を支出し、原告成子は前述の自己が受けた傷害により肉体上、精神上の苦痛を蒙つた。

そこで、損害額についてみると、次のとおりとなる。(一)原告ヤヱについては、(イ)相続にかかるものが前述の被相続債権金二百二十一万五千三百八十四円の三分の一に相当する金七十三万八千四百六十一円となり、(ロ)その慰藉料は金十万円が相当であり、(ハ)ほかに葬式費用として金五万円が支出されている。(二)原告勉、同均、同成子、同とし子については、(イ)相続にかかるものがそれぞれ前述の被相続債権金二百二十一万五千三百八十四円の十二分の二に相当する金三十六万九千二百三十円となり、(ロ)松衛の死亡による慰藉料はそれぞれ金十万円が相当である。(三)また原告成子の受傷による慰藉料は金三十万が相当である。(四)原告ヤサの慰藉料は金十万円が相当である。

よつて、被告等に対し、原告ヤヱは右(一)(イ)の金員の内額金八万円、同(ロ)の金員の内額金五万円、同(ハ)の金五万円、合計金十八万円、原告勉、同均、同とし子はそれぞれ右(二)(イ)の金員の内額金三万円、同(ロ)の金員の内額金二万円、合計各金五万円、原告成子は右(二)(イ)の金員の内額金三万円、同(ロ)の金員の内額金二万円、右(三)の金員の内額金二十万円、合計金二十五万円、原告ヤサは右(四)の金員の内額金二万円の各支払を求める」

と述べ、立証として、甲第一ないし第十三号各証、甲第十四号証の一、二を提出し、証人山口喜美郎、同名古屋健三、原告ヤヱ本人の各尋問を求め、乙号証の成立を認めた。

被告等訴訟代理人は、「原告等の請求を棄却する。訴訟費用は原告等の負担とする」との判決を求めて、答弁として

「原告等主張の事実中、被告武雄が自家用普通貨物自動車青一-二一四四号を有していたこと、被告武徳は被告武雄の子で自動車運転免許を有し自動車運転の仕事に従事していたこと、原告等主張の日時場所において被告武徳運転の右貨物自動車と訴外西谷松衛が原告成子を乗せて運転していた自転車とが衝突したこと、同訴外人と原告等との間の身分関係の点はいずれも争わないが、その余の事実は争う。次の理由により、被告等は本件事故について責任を負うべき筋合ではない。第一に、本件事故は訴外松衛の過失にもとづき惹起されたものである。すなわち、当時同訴外人は自転車に乗つて国道東側の小路から国道上に出て来たものであるが、国道は車馬の往来が相当頻繁であり、しかも右小路からは両側の民家の塀のため国道上の見透しが全くきかない状況にあるのであるから、同訴外人は一旦停車しまたは除行して左右を見て危険のないことを確かめた後進行すべきであつたのにかかわらず、前後左右を顧みることなく突然自転車で国道上に躍り出たのであり、その上、もし一人で自転車を運転していたのであれば急停車しまたは急激に方向を転換する等して難を避けることもあるいは可能であつたかも知れないのにかかわらず、同訴外人は自己の前に原告成子を乗せて二人乗りで自転車を運転していたのであつて、本件事故は同訴外人の右過失により自ら招いたものというほかはない。なお、被告武徳は事故前警音器を鳴らしたのである。第二に、本件事故は全く咄嗟の間の出来事であつて、自動車のフツドブレーキがシングルで制動することのできる状態にあつたとしても到底防止することができなかつたものである」と述べ、抗弁として

「原告等は昭和三十四年六月十二日付準備書面をもつて、松衛が本件事故によつて金二百二十一万五千三百八十四円の損害賠償請求権を取得したものとし、原告等が各相続分に応じてこれを相続したと称して、その内額として原告ヤヱにつき金八万円、原告勉、同均、同成子、同とし子につき各金三万円、合計金二十万の支払を請求しているが、本訴状においては右請求権の存在を明らかにしておきながらこれを請求していないのであるから、右請求は新たなものであるというべきところ、もし原告等主張のように亡松衛の損害賠償請求権が存し、原告等がこれを相続したとすれば、相続当時よりこれを請求するに何等妨げがなく、しかも右請求の日時までに既に三年を経過しているから、原告等の主張する右請求権は民法第七百二十四条により既に時効によつて消滅しているものといわなければならない(最高裁判所昭和三十一年(オ)第三八八号同三十四年二月二十日判決参照)ので、ここにこれを援用する。なお、被告等は原告等の不幸に同情し、葬祭費として、葬式当日金三万円、初七日に金一万円、み七日に金一万円を各呈しているものである」

と述べ、立証として、乙第一号証を提出し、証人森田正一、同村川みき、同山本治三郎、被告武徳、同武雄各本人の各尋問を求め、甲第二、第三、第十二号各証は不知と述べ、その余の甲号各証の成立を認めた。

理由

昭和三十年八月二十日午後五時頃青森市大字内真部字平岡金沢喜一郎方前附近道路上で、被告武徳の運転する自家用普通貨物自動車青一-二一四四号と訴外西谷松衛が原告成子を乗せて運転する自転車とが衝突したことおよび同被告が自動車運転免許を有して自動車運転の仕事に従事していたことは当事者間に争がない。そして、成立に争のない甲第一、第四ないし第十一号名証、形式、内容から成立の真正が認められる甲第二、第三、第十二号各証、証人村川みきの証言、原告ヤヱ、被告武徳、同武雄各本人尋問の結果、当裁判所の検証の結果を綜合すると、当時右貨物自動車のフツドブレーキの制動作用は不良で二、三回の操作によりはじめてその作用をする状態にあつたこと、被告武徳は同貨物自動車を時速約二十粁で繰縦して前述の金沢喜一郎方前県道上にさしかかつた際、訴外松衛が前に原告成子(昭和二十七年一月十日生)を乗せて自転車を運転して右県道東側金沢方横小路から自己の進路上右側に出て来たのを前方約十米の地点に発見し、フツドブレーキを操作して急停車の措置を講じたが及ばず、その運転する自動車の前部バンバーを右自転車に衝突させて自転車もろともこれに乗つていた右松衛および原告成子を道路上に転倒させ、さらに松衛の胸部を自動車の前車輸で轢いて右側胸部肋骨複雑骨折、肋膜および肺臓破裂等の傷害を与え、よつて昭和三十年八月二十日午後六時同人をして窒息死亡するに至らしめ原告成子に対しては右転倒により二年数箇月の後に至るもなお足関節屈曲軽度障害による歩行についての易疲労性および小鶏卵大のケロイドを残す右足関節前面部挫創等の傷害を与えたこと、被告武徳は同事故発生前警音器を鳴らさなかつたこと、事故現場附近には県道の両側に人家が建ち並んでいること、県道の巾員は六米であること、訴外松衛が自動車に乗つて出て来た小路は三・一米の巾員を有し、南北に走る県道とその東側において丁字形に交わり、その交点の両角には板垣があつて県道上から小路への見透し、小路から見道上への見透しはよくないことが認められる。前掲各証拠中右認定に牴触する部分は措信せず(特に、警音器吹鳴の点に関する被告武徳本人、村川証人の各供述は甲第八号証に照らして信用することができない)、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

そこで、被告武徳の過失の有無について判断すると、自動車の運転車たる者は運転する自動車の制動機能を絶えず点検してこれを完全な状態に置いておくべき注意義務があることは当然であるところ、被告武徳が本件事故発生当時これを怠つていたことは右に認定したところから明らかであり、また右に認定したような事故現場およびその附近の状況のもとにおいて右に認定したような制動機能不十分な自動車を運転する者としては、努めて除行し、警音器を鳴らして危険の発生を未然に防止する措置を講ずべき注意義務があるというべきところ、右に認定したように被告武徳は本件事故発生当時漫然時速約二十粁で自動車を運転進行し、警音器も鳴らさなかつたというのであるから、本件事故は被告武徳の過失にもとづいて惹起されたものと判定するのが相当である。被告等は本件事故は訴外松衛の過失に起因するものである旨主張するので考えるに、右に認定したような事故現場およびその附近の状況のもとにおいて幼児を乗せて自転車を運転して小路からこれに交わる県道上に出る者としては、一且停車しまたは除行して左右をよく見た上危険のないことを確かめるべき注意義務があるものというべきところ、訴外松衛がこれを怠つたであろうこと、すなわち同訴外人にも過失のあつたことは容易に推認することができるが、本件事故が同訴外人の過失のみに起因するものであることを認めて前述の判断を覆えすに足りる証拠はない。また、被告等は本件衝突は咄嗟の出来事であつて自動車の制動機能が完全であつたとしても到底避けることのできないものであつた旨主張するが、右に判断したように被告武徳の注意義務違反は自動車の制動機能を完全に保たなかつた点だけにあるのではなく、要するに全証拠をもつてしても本件事故が不可抗力によるものであるということはできないのである。

してみると、被告武徳は本件過失致死および過失傷害につき不法行為の責に任ずべきであるといわなければならない。

次に、被告武雄の責任につき判断する。前掲甲第五ないし第七号各証、被告武雄本人の尋問の結果を綜合すると、被告武雄は籾殻等の集荷販売を業とし、前認定の貨物自動車を所有してその業務に使用していたものであり、同被告の子でありかつ同被告と同居している被告武徳は右自動車を運転して籾殻等集荷販売のための運搬の仕事に従事していたものであるところ、被告武徳は昭和三十年八月二十日午前八時頃右自動車に被告武雄が黒石市浅瀬石農業協同組合へ販売納入する稲掛棒約六百本を積載して同被告を助手席に同乗させた上肩書自宅を出発し、同日午前十時三十分頃同組合について荷物をおろし、同日午後二時頃矢張り被告武雄を同乗させて帰途に着き、途中で少し用達をした後自宅へ向つて進行中本件事故を惹起したものであることが認められる。かような事実からすると、被告武徳は被告武雄の被用者であり、同被告の事業の執行につき本件事故を惹起したものと解するのが相当であるから、被告武雄は被告武徳の使用者としてその不法行為につき責に任ずべきであるといわなければならない。

そこで、進んで損害額を検討する。

まず、証人名古屋健三の証言、被告ヤヱ本人の供述に徴すると、亡松衛は本件事故発生当時漁業により一箇月金一万円の収入を得ていたものと考えるのが相当である。ところで、同人の生活費については立証がないから、一般に用いられる消費単位指数に従つて算出すべきものと考える。原告ヤヱは右松衛の妻、同勉はその四男、同均はその五男、同成子はその長女、同とし子はその二女、同ヤサはその母であることは当事者間に争がなく、事故発生当時原告等が右の順序でいつてそれぞれ満三十三才、七才、五才、三才、八箇月、五十四才であつたことは前掲甲第十一号証によつて明らかであり、しかも原告ヤヱ本人の供述に徴すると松衛が原告等を家族員として扶養していたことが窺われるから、消費単位指数は松衛を一とすると、原告等については右順序にいつてそれぞれ〇・九(配偶者として)、〇・四、〇・四、〇・三、〇・六となる。この指数によつて松衛の一箇月の生活費を算出すると、金二千五百六十四円となる。従つて、松衛が一箇月に得ていた純収益は前記収入から右生活費を控除した金七千四百三十六円であるといわなければならない。そして、松衛が本件事故発生当時満三十六才の健康体であつたことは前掲甲第十一号証、原告ヤヱ本人の供述に徴して明らかであつて、厚生省統計調査部発表の第九回平均余命表(男子)によればその余命は三十二年を下らず、少くともなお二十四年間は就労が可能であつたと認めるのが相当であり、松衛は本件事故によつてその間に得べかりし収益金二百十四万一千五百六十八円を失い、同額の損害を蒙つたことになる。もつとも、同損害の賠償を一時に請求するときはホフマン式計算法によつて年五分の中間利息を控除するのが相当であるから、同計算法によつて算出するとその損害額は金九十七万三千四百四十円となる。しかし、前に認定したように被害者松衛にも過失があつたのであるから、この点をも考慮して結局その蒙つた損害額は金五十万円と判定するのが相当である。しかして、原告等と松衛との身分関係は前述のとおりであつて、前掲甲第十一号証により原告ヤサを除く原告等のほかにその相続人のないことが窺われるから、松衛の死亡により原告ヤヱは配偶者として、原告勉、同均、同成子、同とし子は各直系卑属としてそれぞれの相続分に応じて松衛の右金五十万円の損害賠償請求権を相続したものといわなければならない。すなわち、原告ヤヱは右金員の三分の一に相当する金十六万六千六百六十六円、原告勉、同均、同成子、同とし子は右金員の十二分の二に相当する各金八万三千三百三十三円の損害賠償請求権を相続によつてそれぞれ取得したことになるわけである。

しかして、本訴において原告ヤヱは右損害額の内金八万円、原告勉、同均、同成子、同とし子は同じく内金各三万円の賠償を請求するものであるところ、被告等は、右原告等は相続当時より相続による損害賠償請求権を行使するに何等妨げがなかつたのにかかわらずその時から三年を経過した後である昭和三十四年六月十二日にはじめて準備書面をもつて右請求をするに至つたのであつて、同原告等の相続による損害賠償請求権は既に時効によつて消滅したものであるから右請求は失当である旨抗争するので、この点につき判断する。右原告等が本件事故発生の時から三年以内である昭和三十二年六月十七日本訴を提起し、その後昭和三十四年六月十二日当裁判所受付の準備書面をもつて右各請求金額を明らかにしたものであることは記録上疑いがない。そこでまず、本訴提起の当時当該請求がなされていたかどうかを考えてみる。本訴状によると、その記載内容は必ずしも明確ではない恨みはあるが、請求の原因欄における記載内容全体の趣旨からして、原告ヤサを含む原告等の松衛から扶養を受ける権利が侵害されたことによる損害、原告ヤサを除く原告等が亡松衛の損害賠償請求権を相続することによつてその賠償を求める権利を取得した損害および原告ヤサを含む原告等の松衛の生命侵害に伴う慰藉料の内額として原告等全部で金三十五万円を請求しているものと解することができる(本訴状請求の原因欄第六項の(一)の記載は紛らわしいが、その記載内容全体の趣旨からして右ように解することが可能である)。そして、右金員についての原告ヤサを含む原告等の各取得分は訴状の記戴自体によつては特別の事情が窺われない点からして平等であると解するのが相当である。すると、本訴提起の当時原告ヤサを除く原告等は、扶養を受ける権利の侵害、相続により取得した損害賠償請求権ならびに慰藉料債権にもとづき右金員の六分の一に相当する各金五万八千三百三十三円を請求したことになる。さらに、扶養を受ける権利の侵害にもとづく損害賠償の請求と相続にもとづくそれとはその実質的内容において表裏の関係にあるから、これを一体として考えると、ここでは、相続にもとづき損害賠償の請求をする金額と慰藉料として請求する金額との割合が問題となる。本訴状においては松衛の蒙つた損害額として金五百七十六万円、慰藉料として右原告等各自につき金十万円が計上されているが、前者をホフマン式計算法によつて現在額に還元した後同原告等の各相続分に応じて按分した金額と右各慰藉料との割合により前述の両請求金額を算出することは余りにも形式的すぎるし、他に訴状記載の上からは適当な基準が見当らないから、右両請求金額は平等であると解するほかはない。してみると、右原告等各自は、本訴提起の当時相続により取得した損害賠償請求権の行使として前述の金五万八千三百三十三円の二分の一にあたる金二万九千百六十六円をそれぞれ請求したことになるから、この限度において右請求権の消滅時効は中断しているものといわなければならない。しかし、同原告等が本訴において請求する前述の金額、すなわば原告ヤヱの分としての金八万円、原告勉、同均、同成子、同とし子の分としての各金三万円の内右金額を超える部分については、昭和三十四年六月十二日に至つて請求の拡張をした結果になるところ、原告ヤヱ、被告武徳、同武雄各本人の供述に徴すると、原告兼原告勉、同均、同成子および同とし子の法定代理人としての原告ヤヱは松衛の死亡による相続の時において損害および加害者を知つていたことが窺われ、しかも、その時から三年を経過した後である右請求拡張の時までに時効中断の事由があつたことは別段認められないから、右請求の拡張にかかる部分についての権利は時効によつて既に消滅したものと断ずるほかはない(最高裁判所昭和三十一年(オ)第三八八号同三十四年二月二十日判決民集第十三巻第二号二〇九頁参照)。

よつて、原告ヤヱ、同勉、同均、同成子、同とし子の相続によつて取得した損害賠償請求権にもとづく請求は、それぞれ金二万九千百六十六円の支払を求める限度において正当であるといわなければならない。

なお、原告ヤヱは亡松衛の葬式の費用金五万円を請求するが、原告ヤヱ、被告等各本人の供述によると同原告は既に被告等からその葬式費用として金五万円を受領していることが明らかであるから、この点についての原告ヤヱの請求は理由がない。

進んで、松衛の生命の侵害に伴う原告等の慰藉料の額について判断する。被害者松衛、原告等間の身分関係、その各年令、前掲甲第六号証、成立に争のない甲第十三号証および乙第一号証、原告ヤヱ本人の供述によつて認められる被告等および原告等の各資産状況その他本件に関する一切の事情に徴すると、特に被害者松衛の過失を考慮にいれても、原告等の松衛の死亡によつて蒙つた精神的苦痛に対する慰藉料は原告ヤヱにつき金五万円、その他の各原告につき各金二万円を下らないものと判定するのが相当である。

最後に、原告成子が自己の受傷によつて蒙つた精神的苦痛に対する慰藉料は、受傷の部位程度、同原告の年令、被告等の資産状況、その他諸般の事情(この場合同原告の被害者としての過失の有無が問題とならないことは、事故当時における同原告が四才に満たない幼児であつたことから推して明らかである)に徴して金六万円が相当であると認める。

以上の次第で、被告等は各自、原告ヤヱに対し相続債権にもとづく金二万九千百六十六円、慰藉料金五万円、合計金七万九千百六十六円、原告勉、同均、同とし子に対し相続債権にもとづく各二万九千百六十六円、慰藉料各金二万円、合計各金四万九千百六十六円、原告成子に対し相続債権にもとづく金二万九千百六十六円、松衛の生命侵害に伴う慰藉料金二万円、本人の受傷に伴う慰藉料金六万円、合計金十万九千百六十六円、原告ヤサに対し慰藉料金二万円、および、各これに対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかである昭和三十二年六月二十六日より支払ずみに至るまで民法所定の利率年五分の割合による遅延損害金をそれぞれ支払う義務があるといわなければならないから、この限度において原告等の請求を正当として認容し、原告ヤサを除く原告等のその余の請求を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十二条本文、第九十三条第一項、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 柏井康夫)

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